活動


2021,06,17, Thursday 『目と鼻のない娘は14才になりました”生まれてくれてありがとう”』倉本美香さん


偶然、小学館発行の『”生まれてくれてありがとう”目と鼻のない娘は14才になりました』を読みました。
倉本美香さんはニューヨーク在住で、日本航空の国際線客室乗務員として活躍後、ビジネスコンサルティング会社を立ち上げ、日系企業や日本人アーティストのアメリカ進出サポートを中心に活躍中で、二男二女のお母さんです。長女の千璃(せり)さんが目と鼻のない赤ちゃんで生まれてきました。ニューヨークのアパートの屋上から千璃さんと一緒に飛び降り自殺をしようとした時、千璃さんが、ドリカムの「うれしい!たのしい!大好き!」の歌を聞いて微笑んでいたことから自殺を取りやめ、そこから人生がスタートしました。…是非、読まれて下さい‥。
「人生に無駄なものはない…」「明けない夜はない…」とおっしゃられると共に、『親として、希望は捨てずに、いつか人工視力の研究開発が進んで、千璃に空の青さとか、真っ赤な夕日とか、森の緑とか、そういうものを見せてあげられる日が来てほしいと願っている。その時に、千璃ががっかりしないように奇麗な美しい地球を残して上げる事、そうやって次世代にタスキを繋いでいくことが、私達世代にできる、せめてものことだと思っている…』ともおっしゃられています。
この本を読み、美しい地球を未来の子供たちに継承する大切さ、そしてSDGsの大切さも併せて学ばせて戴きました。

2021,06,15, Tuesday 志度湾の景観&文化


志度湾は四季折々の景観が楽しめます。
雪の五剣山、房前公園、四国最北端の地「竹居海岸〈達磨朝日は竹居海岸からです。行き交う船が写っています)、原のお祭り、牟礼町金山の景観、房前公園、歯アート美術館、ジョージ・ナカシマ記念館などなど、牟礼町、庵治町を含めた庵治半島は魅力満載です。
『健康づくり』『心の癒し』にぴったりなエリアが庵治半島&志度湾です。是非、堪能されて下さい!!

2021,06,09, Wednesday 『香川県の経済を支える港湾』::国土交通省


6月4日〈金)に表記の会派勉強会が開催されました。その内容は下記のとおりです。
EUや中国など各地域との日本の貿易額(1990年⇒2016年)は、EUは1.6倍、中国・韓国は3.8倍、NAFTA(アメリカ、カナダ、メキシコ)1.4倍、ASEAN4.4倍となっており、特に東南アジアとの伸びが大きいし、日本とASEAN諸国との貿易額は、ヨーロッパ地域を上回る規模に成長している。
香川県の経済活動についてですが、香川県の名目GDPは製造業の割合が最も高く、次いで卸売、小売りとなっている。高松港からの輸出上位品目が製造品出荷額の2割を占めている。高松港への輸入上位品目は主に卸売・小売業及び建設業に寄与していると推測される。
ただ、香川県の場合、輸出が輸入の1/2のため、空のコンテナを他の港に持って行かなければならないそうです。バランスの取れた経済政策、先の先を呼んだ「明日不可欠」の政策展開、東南アジアやインド、中国との交流・友好そして貿易の重要性・必要性を学ばせて戴きました。

2021,06,06, Sunday 池の草刈り&カバープランツの重要性


本日、香川県立保健医療大学前の下池と女池の草刈りをしました。背丈程に延びた草を約1時間余で刈りました。先々週は白鹿池の草刈りをしました。年々、草刈りに参加する人が高齢化したり等で将来、ため池の管理は大きな課題になると思います。
もう一枚の写真は、高松市香南町の音谷池です。10数年前に土手にカバープランツとしてムカデ芝を植え、殆ど草刈りの手間が省けるそうです。当時、カバープランツ化を世話された元香南町長で前高松市議会議員の辻さん曰く「四国で唯一草刈りをしないで済む池です」と。2度、音谷池を視察させて戴きましたが、伸びている草がほとんどなく、素晴らしい池の土手でした。
以上のことから、今後、本県のみならず、日本全国においてため池や河川及び道路の管理においては、ムカデ芝等によるカバープランツ化または、畦畔も刈れるリモコン式の大型草刈り機の導入が必須だと私は考えています。
その実現に向け、最善を尽くさせて戴きます。

2021,06,02, Wednesday 『獺祭(だっさい)』:旭酒造の成功事例…


獺祭:旭酒造株式会社を桜井博志社長がご尊父から引き継いだ時、借金も無く、表面上は会社の経営は悪くない状態だった。しかし、売り上げは年々下がっていた。前社長は規模を縮小しながら対応してきていた。危機感を持った桜井博志社長が社員に「どうしたら売れると思うか」を聞いた。帰って来た」返事は売れない理由ばかり。昨日と同じであれば幸せだ、という前社長の考えばかり。旧知の税務職員に「あがけばあがくほど沈む泥沼のようだ」と言われた。このままでは自己破産するかもしれないという恐怖が頭をよぎった。
 父の代は酒造りを杜氏に全て任せていた。売れていない以上、思ったことを全て伝えた方がいいと考え、実現したい酒のイメージを杜氏に伝えて完成したのが「獺祭」だった。
 杜氏と蔵人たちが冬場だけ酒を造っていた。その時思いついてのが地ビールだった。地ビールレストランを経営することで国税庁から地ビール製造免許が下りた。山口県岩国市の錦帯橋の近くに「世界の大道芸の館」・レストランを開業し、最初の一カ月だけは想定の6割の売り上げだったが、2〜3カ月目には2割に落ちた。開業から3カ月で営業を終えた。人任せにした桜井博志社長の失敗だった。倒産の危機に瀕し、杜氏は去って行った。残った社員だけで酒を造ろうと教科書通りに酒をつくった。基本に忠実に酒をつくり、結果的にそれがいい方向に作用し、今日の素晴らしい『獺祭(だっさい)』となり世界で人気を博しています。