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2018,12,01, Saturday 寛政の三博士「柴野栗山」212年祭


12月1日は柴野栗山の命日で、毎年「栗山祭」が開催されます。今年は没後212年になります。「寛政の三博士」と言われた柴野栗山は、1736年に高松市牟礼町で誕生し、1748年に高松藩の儒学者「後藤栗山」の元へ通い儒学を学んだ。1753年に江戸へ行き湯島聖堂で学んだ。湯島聖堂での勉学の後、1767年に徳島藩藩儒となった。1787年に老中松平定信から呼び出され、幕府に仕え、「寛政異学の禁」を発し、寛政の改革に貢献した。
栗山の遺作・偉業★「進学三喩」○志は遠大にして、日々これに励むべし ○初めに謹みて、正道より入るべし ○小成に安ぜず、大成を期すべし ★初代天皇神武天皇陵の再興 などがありますが、富士山を詠んだ歌としては最高の作と言われている『富士山を詠ず』を残しています。その大意は『いったい誰が東海の水で、あの玉のような富士の霊峰を洗い出したのであろうか。大地の上にどっしりと腰をおろして、裾野は広く駿河・甲斐・相模の三国いっぱいに広がり、その頂は高く大空にぬき出て蓮が八つの花弁を重ねたようである。…』⇒原文「詠富士山:誰将東海水 濯出玉芙蓉…」です。