活動


2019,04,22, Monday 政治の世界へ入っての16年を礎として…


私は牟礼町長時代に「道の駅源平の里”むれ”&房前公園」と「遍路道構想」に取組みました。房前公園計画では「はら公園があるのに何で房前公園がいるのか」。道の駅では、中越地震時、道の駅が救援復旧活動に大きく寄与したことから、国土交通省も道の駅を推進している、と町議会で説明したところ、「また、そんな言い訳を言って」と反対する議員がいました。この議員の発言の影響で、塩屋海岸の「海の駅」構想は頓挫しました。
「遍路道構想」は国土交通省本省の予算もついていましたが、議会で執拗に反対する議員がいました。私は余りの反対に「一旦休止」としました。高松市議会議員じ一般質問で取り上げさせて戴きましたが、いい返答は戴けませんでした。今回の選挙で道休さん((四国88ヵ所を決めた真念さんを指導したお坊さん)のお墓さんの近くへ行った時、遍路道が整備されていない為の中学生が転んだりしている話を近くの方から聞きました。
今回の選挙を通じて「街づくり」の大切さを改めて学ばせて戴きました。選挙で私が訴えた「屋島&庵治半島周遊の「高松東部エリアを健康増進&心の癒しに貢献できるエリア」にする、この4年間、一生けん命頑張らせて戴きます。