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2019,07,31, Wednesday 『敬天愛人』西郷隆盛in沖永良部島


西郷隆盛は1862年8月から1864年2月迄の約1年半、沖永良部島に幽閉されました。写真はその時の牢獄です。
この時、書を読み沈思黙考し、『敬天愛人』(西郷隆盛)という言葉を完成させました。それと同時に西郷南洲として『忠孝仁愛』という言葉を完成させました。その西郷隆盛は風雨にさらされる牢獄に幽閉されていましたが、写真の銅像のように極度に痩せ細って来たため、西郷を師と仰いでいた土持政照は、島津藩の命令書に「囲む」と言う言葉を見つけ、「囲む」とは屋敷牢と解釈できると代官を説得し、写真の牢獄を作ると共に、鎌田」宗円、天野忠正、町田順円、市来惟信、冲利経、操坦頸、冲絹賢等の弟子たちを牢外にすわらせて教えた。翁の高潔偉大な人格は、少年達に大きな感動を与え、後に成人して島の指導者となり「敬天仁愛」の精神を受け継いで、島の振興発展に大きく貢献しました。
この史実に接し、土持政照が屋敷牢を作り西郷隆盛を移したため、西郷隆盛は命が繋がり、明治維新時の活躍に繋がったと知りました。土持正照の偉業と共に、「教育」の重要さを改めて学ばせて戴きました。