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2020,05,31, Sunday 『30年』〜大和民族の遺伝子〜齋藤健前農水大臣【1】


私は再度、齋藤健先生の著書「30年」〜大和民族の遺伝子〜を読みかえしました。
日露戦争に勝利した日本はいずれロシアはリベンジしてくるだろうと陸軍大学校の帝国国防方針(仮想敵国)No-1はロシアだった。その後アメリカとの軋轢が高まり、1923年・大正12年にアメリカがNo-1に躍り出てロシアと並び立ったものの陸軍大学校の教育が対米戦を前提としたものに変更されたのは、何と昭和18年だった。対米開戦を主張したのは海軍ではなく陸軍だったにもかかわらず。パールハーバーで海戦史上初めて飛行機が海戦の主役になった。アメリカはいち早く空母を量産した。しかし日本は大鑑巨砲主義を貫いた。元航空参謀の源田実氏は言った。「水兵の失業問題は見逃すことの出来ない問題だった」と。
日本海海戦や奉天の会戦に勝った日本、つい30年前までマゲを結っていた民族日本だった。それから34年、ソ連と闘ったノモンハン事件、惨憺たる惨状だった。そこにあるのは変わり果てた日本陸軍の姿だった。
平成の30年が終わり令和の時代が動き出した。平成の30年は災害が多い時代ではあったが、明治、大正、昭和に比べると比較的平穏な時代だった。しかし、宿題をやらなかった30年でもあった。「失敗の本質」の著者野中郁次郎先生に約20年前にこう言った。『何が物事の本質か、それを常に追求する個人、そしてそれを許容する組織風土、それを維持するという事に尽きる。あとは応用問題だ』と。
昭和20年、戦艦大和は構造改革が不十分なまま、海の藻屑と消えた。多くの若き乗組員が「俺たちは犬死ではないか」と疑問を呈する中、21歳の白渕大尉は言った。「進歩のない者は決して勝たない。(中略)敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか。俺たちはその先導になれるのだ。日本の再生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか」と。その白渕大尉は海戦冒頭、直撃弾を受けて戦死した。
令和が始まって発生した新型コロナウイルス、今の日本、正に課題が何か、その課題を理解し課題解決に猛進しなければならないという事に警鐘を鳴らしてくれたように思います。