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2020,08,13, Thursday シンガポール:建国55年で一人当たりGDP、日本の2倍に!


1945年8月9日、長崎に2発目の原子爆弾が落とされました。広島14万人長崎7万人が犠牲になりました。その20年後の1965年8月9日シンガポールはマレーシアから独立し、最初の首相に就いたリー・クアンユーは何の資源もない小さな島だったシンガポールをアジアの中心地の一つにまで発展させました。ちなみに一人当たりGDPは7万9千米ドルと約日本の2倍です。
1941年、日本がシンガポールを占領した時、日本はシンガポール華僑虐殺事件を起こしました。日本の公式見解では約5千人、現地では5万人とも言われています。日本軍から『全ての中華系住民は検査のため集まるよう」命じられました。リー・クアンユー氏も集合場所に行ったものの、おかしいと感じたリー・クアンユー氏は「家に所持品を取りに帰っていいか」と憲兵隊に許可を得て逃げ帰り、無事,終戦を迎えることが出来た。集められた人の中から約5千人が殺害された。1962年に大量の遺体が発見され、反日感情が高まる中で慰霊の「日本占領時期死難人民記念碑」が建立されました。除幕式でリー・クアンユー氏は「過去がどんなに痛ましいものであったとしても、過去の経験にとらわれることなく、今に生き未来に備えなければならない…」との言葉を発しました。1967年、日本は当時の金額で約30億円相当の無償援助を実施し、国内のインフラ整備に活かされました。
ウオー・メモリアル公園の慰霊碑はマレー系、中国系、インド系、ユーラシアンの団結を記念するもので、高さ65m余の4つの塔からなっています。私もシンガポールに行く機会があったら、慰霊碑を参拝させて戴こうと考えています。
戦後75年、、何もなかったシンガポールが建国55年で日本の一人当たりGDPの2倍もの経済大国になった事例を学ばせて戴くと共に、日本も反省するところは反省し、この平和を永遠に守り続けて行かなければならないと思います。