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2021,08,05, Thursday 『どこまで人を許せるか』:塩見志満子先生


私が定期購読している月刊致知で知り感動した実話です。
長男を白血病で小学2年生で亡くし、4人兄弟姉妹の末っ子の2男が3年生になった時、塩見志満子先生は「ああこの子は大丈夫じゃ。お兄ちゃんのように死んだりはしない」と喜んでいたいたそうです。ところが、その二男もその年の夏にプールにの時間に沈んで亡くなった。長男が亡くなった八年後の同じ七月だったそうです。
近くの高校に勤めていた先生の所に「はよう来てください」と連絡があって、タクシーで駆けつけたら、もう亡くなっていた。子供たちが集まってきて「ごめんよ、おばちゃん、ごめんよ」と言った。「どうしたんや」と聞いたら十分の休み時間に誰かに背中を押されてコンクリートに頭をぶつけて、沈んでしまったと話してくれたそうです。
塩見先生は「押したのは誰だ。犯人を見つけるまでは、学校も友達も絶対に許さんぞ」という怒りが込み上げて来たそうです。新聞社が来て、テレビ局が来て大騒ぎになった時、高校の先生をしているご主人さんが大泣きをしながら駆けつけてきた。そして、母親である塩見先生を裏の倉庫に連れて行ってこう話したそうです。「これはつらく悲しいことや。だけど見方を変えてみろ。犯人を見つけたら、その子の両親はこれから、過ちとは言え自分の子は友達を殺してしまった、という罪を背負って生きてかないかん。わしらは死んだ子をいつかは忘れることがあるけん、わしら二人が我慢しようや。うちの子が心臓麻痺で死んだことにして、校医の先生に心臓麻痺で死んだという診断書さえ書いてもろうたら、学校も友達も許してやれるやないか。そうしようや。そうしようや」。
塩見先生はびっくりして、この人は何を言うんやろうか、と思ったそうですが何度も何度もご主人が言うので許したそうです。
塩見志満子先生が許して良かったと思うのは、命日の7月2日に墓前に花が無い年が一年もないそうです。30年も前の話なのに、毎年友達が花を手向けてタワシでお墓さんを磨いてくれているそうです。
月刊致知の感動する実話です。その塩見志満子先生は今、愛媛県の西条市で知的障碍者のための通所施設「のらねこ学かん」を自費で運営され、ハンディのある人達に人生の花を開かせています。