活動


2010,02,28, Sunday 高松の生んだ偉人〜藤川三渓


屋島、長崎の鼻に砲台跡があるのをご存知ですか?
1816年、高松市三谷村に生まれたのが、藤川三渓で、26才の時、長崎に行き、砲術・兵術・築術・捕鯨などを学んだ。高松へ帰った藤川三渓は松平頼該(左近)に、海からの守り、海防の必要性を報告、自らも540名の農民を組織し、高松の『竜虎隊』をつくり隊長になると共に、長崎の鼻に砲台を作った。その名が『震遠砲』です。
その他、三渓は、銛を大砲で発射するノルウェー式の捕鯨法の啓蒙に尽力した。高松市出身者が日本における近代捕鯨の先駆者だったのです。

2010,02,22, Monday 鹿児島空港を訪問〜空港活性化について


先日、鹿児島空港を訪問しました。高松空港の活性化に活かす為の視察でしたが、高松空港よりはるかに大きい規模に、奄美諸島などとのハブ空港であり、霧島高原などの一大観光地をかかえていれば当然とも思いました。
鹿児島空港は当初、800万人の利用を見込んで設計したとの事。しかし最大627万人あった利用者が504万人まで減っており、来春に九州新幹線が全線開通すると、関西圏からの利用は減るだろうと予測し、鹿児島空港ビルディングとしても、対策を練っているとの事。写真の名刺はその一例で、奄美諸島など鹿児島県の魅力をたっぷりと宣伝しており、その一生懸命さが肌に伝わって来ました。そして、名刺のみならず、熊本県や宮崎県の南部など、鹿児島空港の方が便利と思われるエリアにも呼びかけて、利用客確保の活動をしているとの説明に、高松空港も頑張らなければとおもいました。

2010,02,15, Monday 市制120周年記念事業〜自治基本条例制定フォーラムが開催されました


本日、サンポートホールにて、高松市制120周年記念事業として、『高松市自治基本条例制定フォーラム』が開催されました。
2月15日という、120周年記念日に合わせて施行された高松市自治基本条例は、日本国憲法のように前文があります。そして、条例のポイントは、◎情報の共有の原則 ◎参画の原則 ◎協働の原則にポイントがあります。詳しい条例の全文は高松市のホームページを参照されてください。
日本は2055年、すなわち45年後には人口が約9000万人になり、今より人口が約3800万人減ります。ということは、大阪府の一部から以西は誰もすんでいないのと同じになります。そのような時代になっても機能する社会の仕組みを作っておこうというのが自治基本条例であると私は理解しています。また、ひらがなの『まち』とは、歴史・文化・うるおい・安全・住みやすさ があるのが『まち』という講師の先生の言葉に同感しました。

2010,02,14, Sunday 120才まで生きた泉重千代さん〜徳之島・伊仙町


徳之島は長寿の島です。120歳まで生きた「泉重千代」さんで有名な伊仙町は人口7455人で、100歳以上の人が20人いるとの大久保町長の言葉に接し、びっくりしました。『長寿子宝のまち』がまさにぴったりです。
生前、泉重千代さんは、記者に「どんな女性が好きですか」と問われ、「私より年上の人」と答えていたそうです。もちろん泉さんより長寿の人はいません。長寿の秘密は豊な海で採れる海藻を多く食べるからかも…
また伊仙町は血の気の多い人が多く住む町かも。町会議員や町長選挙になると、みんながエキサイトして鹿児島県警の機動隊が20人くらいくるそうです。大久保町長も最初の選挙の時、家に散弾銃が打ち込まれたそうです。しかし犯人は島のこと、すぐに捕まったそうです。また闘牛も盛んで、案内してくださった町職員も闘牛の牛を飼っているそうです。
 是非一度、長寿子宝と平和を祈念するため、美しい島、徳之島へ行かれて下さい。

2010,02,13, Saturday 富山丸の悲劇〜徳之島にて


昭和19年6月27日正午、四国で編成された独立45旅団など約4000余名の将兵を乗せた富山丸は、二つあるスクリューが片方故障のまま、船底に1500本のガソリンドラム缶を積み鹿児島港を出港した。 
しかし、徳之島沖を航行中の6月29日午前7時すぎ、僚船の波之上丸が突然汽笛を鳴らした。次の瞬間、アメリカ潜水艦の魚雷が富山丸に命中、ガソリンを積載していることから、船は真っ二つに割れて沈没していった。地元の漁師はその前に潜望鏡を目撃していたと共に、約3700名の将兵とともに真っ二つに折れて沈んでいく富山丸の最後は多くの島民に目撃されたそうです。
先日徳之島を訪問した折、この話を聞き、二度と戦争を起こしてはならないという平和の尊さをひしひしと思いました。