活動


2017,08,28, Monday 高松市消防団牟礼分団:早朝訓練!


高松市消防団牟礼分団は9月10日の香川県消防操法大会に高松市消防団を代表して出場するため、今年の4月から早朝訓練を実施されています。
前回の訓練巡察は7月31日でしたが、見違えるように上達されていました。高松市では先週初め、10分間当たり23.5ミリの雨量を記録し、観測史上最大の10分間当たり雨量でしたが、今日の訓練を視察させて戴き、このような消防団の皆様の早朝訓練のおかげで、私たち市民の生命と財産が守られているのだなと思い、ただただ高松市消防団牟礼分団の皆様を始め全ての皆様に感謝感謝の今朝の巡察でした。

2017,08,25, Friday 香川県森林協会のセミナー


先日、「県産材ヒノキのブランド化を目指して」のセミナーに出席させて戴きました。
香川県の森林面積割合(総面積に占める森林面積の割合)は46.35%で全国第37位です。1位高知県83.31%、47位大阪府30.06%、全国平均65.51%です。香川県の森林の特徴は公有林(林野庁、県、市町、財産区)の所有が約50%弱で全国より高いことです。ヒノキ人工林は全国で260万ヘクタールあり、香川県は1万4千ヘクタールです。利用拡大としては、〇住宅 〇合板、CLTなど外構材 〇バイオマス燃料等です。また、香川県の非住宅(事務所、倉庫等)の木造率は約11%で、全国の約35%に比べると低く、住宅以外での活用の余地が十分にあります。公共建築物の木造化率(平成25年度)は香川県は26.6%で全国31位、1位は秋田県の55,3%で、全国平均は26.0%で、香川県においては、公共建築物の木造化率をぜめて30%にすると、いくら森林面積の少ない本県においても県産材の利用拡大が図れるのではないか、また、東京の江東区で小学校の校舎を2階建ての木造で建設したところ、工期は短縮できたそうです。それと共に、何が何でもオール木造という考えではなく、梁を10.5センチ角の角材を3本重ねて使用するなど、鉄骨、コンクリート、木のベストミックスも研究して、それぞれの特徴を活かしあうことが大切である、と学ばせて戴いたセミナーでした。

2017,08,20, Sunday 復活させた公共交通:福井県


先日、公共交通を復活させ活性化させた事例研究のため福井県庁を訪問させて戴きました。
福井県の京福電鉄は、平成12年12月と平成13年6月に2度の電車正面衝突事故が発生、事故翌日より全面運行停止となり、約2年5か月、バスによる代行運行が行われたものの、その利用者は電車乗客の50%以下となり、県と福井市、沿線市町が連携して復活のため汗をかいた。会社名も京福電鉄からえちぜん鉄道となった。また、福井電鉄も親会社である名古屋鉄道(名鉄)が経営から撤退、その後を福井県、地元市町、経済団体が一体となり経営を引き継ぎ、無料のパーク&ライドを設置したり、ホームの改良設置(福井電鉄は市電のためホームが低い)して、福井電鉄とえちぜん鉄道の相互乗り入れを実現させるなどの経営努力で、見事に両社とも市民・県民に愛され利用される公共交通となっている。その根底には、元香川県総務部長であられた西川知事の公共交通を守り育てるという強い思いがあったそうです。
その福井県は平成35年の敦賀までの北陸新幹線の開業に向け、福井駅におけるえちぜん鉄道高架事業を含めて、積極的に街づくりを進めていました。写真は、「えちぜん鉄道と福井電鉄」と「福井駅前の恐竜(福井県勝山市で巨大恐竜の化石が発見された)」を福井県の目玉の一つとするための動くモニュメントと福井駅の恐竜のラッピングです。
公共交通の大切さと街づくりについて大変勉強になった視察研修でした。

2017,08,16, Wednesday 平和についての学び…


写真は東京にあるアメリカ空軍横田基地の航空祭の写真です。
私は学生時代の昭和46年、その横田基地で英語を勉強するためにアルバイトをしました。仕事は主に帰休兵にオリエンタルジュエリー(真珠、誕生石の指輪等)を販売する仕事です。
当時、ベトナム戦争が激しい時で、行き交う兵士も多く結構売れたように思います。約1時間の給油休憩ですが、多くの戦場へ行くアメリカの若者は出発30分前になると、静かになり頭を抱えてまるで「考える人」の人となり何かを考えこんでいる姿が今も脳裏に焼きついています。全米各地の空港から来た多くの若者が、ベトナムのサイゴン、ダナン、カムランベイなどへ飛び立って行きました。話しかけますと、みんな当時の私と同じ年齢でした。もし、私がアメリカで生まれていたら、私もベトナムに行ったんだな、と思いましたし、今の、そして私の平和は、先の太平洋戦争で犠牲になった先人のおかげで私の平和と命があえるということをひしひしと感じると共に、その時、今も持ち続けていますが、この平和を未来永劫に維持し続けなければならないと思いましたし、香川県議会議員とならさせて戴いた今も、その思いは持ち続けています。
今、日本を取り巻く状況は、北朝鮮問題など厳しいものがあると思いますが、力による解決ではなく、対話と身の丈に合った可能な限りの安定と安心につながる経済援助などにより解決しなければならないと思います。真実、誠意、歴史を学んだ将来予測による平和と繁栄への一歩一歩の積み重ねが大切です。

2017,08,12, Saturday 平和の尊さ…


8月15日が近づくと共に思い出される1枚の写真があります。「焼き場の少年」というアメリカの従軍写真家”ジョー・オダネル”さんが1945年9月、長崎で撮られた写真です。
『焼き場の少年』 
1945年9月-佐世保から長崎に入った私は小高い丘から下を眺めていました。
10歳ぐらいの歩いてくる少年が目に止まりました。おんぶ紐をたすき掛けにし 背中に幼子をしょっています。
この焼き場にやってきた強い意志が感じられました。しかも、少年は裸足でした。焼き場のふちに 5分から10分ほど立っていたでしょうか。
おもむろに白いマスクをした男たちが少年に近づき、ゆっくりとおんぶ紐を解き始めました。
この時、私は背中の幼子が死んでいるのに気づきました。
幼い肉体が火に溶け、ジューツと音がしました。まばゆい炎が舞い上がり、直立不動の少年の あどけない頬を夕日のように照らしました。
炎を食い入るように見つめる少年の唇には 血がにじんでいました。
あまりにもきつく唇を噛みしめているので、唇の血は流れず下唇を赤く染めていました。
炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。背筋が凍るような光景でした。
photo+text ジョー・オダネル
この一枚の写真とオダネルさんの言葉に接し、平和の尊さをひしひしと感じると共に、今を生きる世代の責務として、今の平和日本を未来永劫に将来世代に継承していかなければならないと強く思いました。