活動


2020,04,27, Monday 新型コロナウイルス対策…


東京オリンピックの1年延期が決定していますが、新型コロナウイルスの猛威は世界で続いています。
香川県議会は4月30日に臨時議会が開かれる予定で、本日、追加議案の説明がありました。新型コロナウイルス感染症対策として、(1)帰国者・接触者相談コールセンターを県庁内に設置して、相談体制の強化を図る。(2)衛生用品確保事業:医療機関・社会福祉施設等における感染症の予防、拡大防止に必要なマスク、消毒液等の確保を支援する。(3)PCR検査機器を1台増やして3台にする。(4)特別支援学校のスクールバスを増便し、1便当たりの生徒数を少人数化しバス内の空間を確保する。(5)新型コロナウイルス感染症により大幅に売上高が減少した、中小企業者等に対する制度融資に利子補給を行うことにより資金繰りを支援する。(6)かがわ産業支援財団において新型コロナウイルス感染症の影響を受ける中小企業者等に対して行う、助言や各種支援制度の周知、活用の相談支援体制を強化する…等々が追加議案です。
香川県における新型コロナウイルス感染症への支援&体制が強化されます。

2020,04,22, Wednesday 100年前、1018人のトルコ兵を救った津村中佐…


トルコ最大都市イスタンブールの通りに「YUKICH・TSUMURA通り」が命名されます。
旧日本軍は1918年、第一次世界大戦でシベリアに抑留されていたトルコ兵1018人をロシアの了解を経て解放した。津村諭吉中佐は1921年、トルコ兵をトルコに送還する任務についた。ウラジオストックを輸送船『平明丸」で出発したが、エーゲ海でトルコと対立するギリシャに拿捕された。津村中佐はギリシャのトルコ兵引き渡しを拒否、平明丸は長期間拘留されたものの、中佐や日本人乗組員は折れず、トルコ兵と共にギリシャ兵に抵抗し続けた。
最後はイタリアが仲裁にいり、イタリアがトルコ兵を引き取り、1018人のトルコ兵と日本人妻12人は翌年」無事祖国に帰国しました。
この史実はトルコでも知られていませんでしたが、昨年、トルコでドキュメンタリー番組が制作され、エルドアン大統領が言及し、脚光を浴び、「YUKICH・TSUMURA通り」がイスタンブールで誕生しました。
1890年9月16日、潮岬大島沖で座礁したトルコ軍艦エルトウールル号の乗組員を大島島民が台風のさ中救出した偉業など、日本には埋まっている誇れる歴史が多くあります。

2020,04,16, Thursday 県民の皆さまへ…緊急事態です!


ふるさと香川で新型コロナウイルスの感染者が急増しています。新型コロナウイルス感染者を抑える為
◎3つの『密』を避けて下さい。【1】換気の悪い『密閉空間』 【2】多数が集まる『密集場所』 【3】間近で会話や発声をする『密接場所』
そして、県民の皆さまにおかれては、(1)人との接触を控えて下さい。(2)不要不急の外出を控えて下さい。(3)やむを得ない外出の時も、人混みを避け人との距離を保って下さい。(4)体調が悪い時は、勇気をもって仕事を休んで下さい。(5)こまめな手洗いや咳のエチケットを守って下さい。(6)バランスの良い栄養と、十分な睡眠時間をとり、適度な運動をされて下さい。
★★★県民みんなで抑えよう新型コロナウイルス感染!!

2020,04,09, Thursday 日本の恩人『ジャヤワルダナ元スリランカ大統領』…


1951年9月のサンフランシスコ講和会議において、セイロン(元スリランカ)代表のジャヤワルダナ氏は、参加国の間には、日本に膨大な賠償を科し、今後は戦勝国によって分割統治すべきという主張がある中、日本を自由な独立国にすべきこと、日本への賠償請求権を放棄することを主張し、次のような名演説をして下さいました。
、「それは、我々アジアの諸国と日本との間には、長い間続いて来た深い関係があるからであります。また、アジア諸国の中で日本だけが独り強力にして、しかも自由で、そのために我われは日本を、保護者であり、また、友であるとして見上げていたからであり、そして、アジアの隷従人民が日本に対して抱いて来た高い尊敬のためであります。
我われは、アジアの限りなく多くの人々の生き方を気高いものにした、あの偉大な教導師の言葉、『憎しみは憎しみによって消え去るものではなく、ただ愛によってのみ消え去るものである』という言葉を信ずるからであります。
これは仏教の創始者である仏陀の言葉であります…」
会議で自由主義陣営が警戒するソ連が日本に厳しい条件を突きつけようとしたのを、ジャヤワルダナ氏が演説の中で痛烈に批判したことも相まって、会場のオペラハウスのガラスが割れんばかりの拍手が巻き起こりました。
改めて歴史の大切さを学ばせて戴きました。

2020,04,04, Saturday Metamorph『変容』の時…


昨日、友人の社長からMetamorph『変容』の時というメールを戴きました。
今、世界中が「コロナ」「コロナ」で超大変な試練を迎えています。しかし日本の歴史を振り返れば、同様な試練を乗り切った史実があります。日清戦争後、当時ペスト、コレラが猛威をふるていた中国大陸から約23万人の日本兵が帰国してくることとなった。後藤新平と児玉源太郎は紆余曲折を経て、似島(広島県)で一日6千人、彦島(山口県)と桜島(大阪)で各一日3千人という膨大な受け入れ態勢をとることを決定し実行に移した。三か所に消毒部、停留舎、避病院、兵舎、事務所、炊事場、火葬場、汚物焼却場等を約3カ月で作るという超突貫の大工事です。
既に復員兵を乗せた船舶にはコレラ患者が存在し、死亡者も出ている中、この三か所での検疫の結果、コレラ、ペストは日本国内に広まることなく、日清戦争からの復員兵も故郷に帰ることができた。この史実に対しドイツ皇帝も絶賛されています。
このような史実から、今の日本や世界は、経済&社会を含めMetamorph『変容』しなければならない時ではないかと考えます。以前にも報告させて戴きましたが、齋藤健前農水大臣の言葉、「平成の30年間は課題解決に取り組まなかった30年間であった。令和の時代は残してきた課題解決に取り組む新時代にしなければならない」。チャーチルの言葉、「資本主義に内在する短所は、幸福を不平等に分配することだ。社会主義に内在する長所は、不幸を平等に分配することである」を令和の新時代に解決しなければならない大きな課題だと思います。