活動


2021,12,31, Friday 皆さまのご芳情に心より感謝させて戴きます…


12月29日の日経新聞に「出遅れ日本に成長余地」という表題で三菱商事・垣内威彦社長の記事がありました。
日本はこの30年間、国内総生産・GDPも一人当たりの年収も伸びていない。生産性が上っていないからだ。人類が見つけた素晴らしいいテクノロジーをどれだけ取り込んでいけるか。欧米や中国はいとも簡単やってしまう。日本は全然取り込めていない。そろばんは出来るのに電卓を使いこなせていない状況だ‥。そして、裏を返せば、遅れていた分を急速にキャッチアップすることで日本はまだ成長できる。国も地方自治体も企業も(コロナ禍を契機に)やるべきことを全部やろうという決意が出来た‥とありました。
私もその通りだと思います。先の11月議会でも取り上げさせて戴きましたが、重要な基礎基本は『教育』だと思います。社会人の「学び直し」リカレント教育が重要であり、その環境づくりをすべきだと考えます。それと共に、ニーズに合った教育環境に予算投下を惜しまない事だと考えます。OECD・経済開発協力機構38カ国中、日本の教育への公的支出〈対DP比)は37位です。もう少し未来を担う子ども達、児童・生徒、社会人の学び直しへの投資を積極的にすべきだと考えます。
そのことが、垣内社長がおっしゃられる「出遅れ日本に成長余地」の言葉通りの国・日本になると考えます。
今年一年ありがとうございました。新年も可能な限り、ふるさと香川がより一層の発展するよう最善を尽くさせて戴きますので、よろしくお願い致しますと共に、よいお年をお迎え下さい!!

2021,12,26, Sunday 尖閣諸島は日本固有の領土です。


1895(明治28)年1月、日本は尖閣諸島が無人島であるのみならず、他国の支配が及んでいる痕跡が無いことを慎重に確認した上で、閣議決定を行って沖縄県に編入しました。これは国際法上、正当に領有権を取得する為のやり方に合致しています。
その後、福岡県出身の古賀辰四郎は政府に「官有地拝借御願」を申し出、その許可後、尖閣諸島に移住し、鰹節工場や羽毛の採取などの事業を展開しました。
1900(明治33)年のパリ万国博覧会では、尖閣で採れ、加工した真珠・貝類が銅賞を受賞しました。
1919(大正8)年、中国福建省の漁船が尖閣諸島・魚釣島沖で座礁した時、古賀善次の船が発見し、子どもを含む31人を救助し、石垣で手厚く保護し、船も修理し、中国へ帰しました。1920( 大正9)年5月に当時の中華民国長崎領事から「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」と記された感謝状が発出されました。
このような史実から、尖閣諸島は日本固有の領土です。



2021,12,21, Tuesday 日本の現状…競争力が下落!!


日本の競争力がダウンしています。
スイス国際経営開発研究所IMDによりますと、世界競争力ランキングは、日本は31位です。中国16位、韓国23位、台湾8位、アメリカ8位で、1位はスイスです。1995年に日本は世界第1位だったことから、いつの間にか日本の競争力はダウンしています。
今後取り組むべきことは、理系人材の育成を含めて、より一層、教育に力を入れなければならないし、取り分け、教育への投資が重要です。日本の教育予算は、OECD・世界経済開発協力機構38カ国中、第37位です。教育への実りある予算が配分されるよう最善を尽くさせて戴きます。

2021,12,15, Wednesday 陽明丸の偉業:ロシアの子ども達895人を救出


本議会でも取り上げさせて戴きましたが、産経新聞によりますと、ロシアのプーチン政権が第二次世界大戦中の日本を「悪の権化」として徹底的に貶め、その戦争犯罪を国内外に宣伝する歴史戦に乗り出したようですが、1917年のロシア革命時、日本の陽明丸が5歳〜15歳の子ども達、895人を救出した誇れる歴史があります。
1917年のロシア革命時、当時の首都ペトログラード(現サンクトペテルブルグ)は治安が悪化し、子ども達895人はシベリアへ集団疎開しました。革命の戦火は疎開地迄及んだ為、難民となった子ども達はアメリカ赤十字により、ウラジオストックに避難し、欧米の船会社に故郷への移送を依頼したものの、引き受ける船会社は無かった。その時、引き受けたのが神戸の勝田海運〈社長:勝田銀次郎⇒後の神戸市長)で、船長を引き受けたのが茅原基治〈岡山県笠岡市出身)です。危険を顧みず、895人の子ども達を乗せた陽明丸はウラジオストックを出港し、室蘭、太平洋、大西洋、機雷が敷設されている恐れのあったバルチック海経由でフィンランドに到着し、無事、親のいるサンクトペテルブルグに帰ることが出来ました。杉原千畝が約6000人のユダヤ人を救ったのと同じ、日本の誇れる歴史です。
その時、救出された一人の女性は茅原船長の実家を探し出し、船長のお墓さん参りに来られました。


2021,12,09, Thursday 『香川県の女性、世界で一番幸せ』:原量宏香川大学名誉教授


昨日、会派の勉強会がありました。講師は香川大学名誉教授の原量宏先生です。
表題の言葉は、原先生が最初に発せられた言葉です。香川県は2003年、K-MIX(かがわ遠隔医療ネットワーク)を日本で初めて始めました。主たる指導を戴いたのが原量宏先生で、今ではドローンを活用した取り組みも始まっています。そして、遠隔医療ネットワークも、K-MIX+(K-MIXプラス)からK-MIX・Rへと進化しオンライン診療も導入されています。
原先生曰く、今から50年前の1970年代、香川県の妊産婦や周産期の胎児・新生児の死亡率は全国ワースト5に入っていた。都道府県別でも、圧倒的に低い数値だった。しかし今は、世界一低い県になっている。つまり、K-MIX等への取組みにより、今は、『香川県の女性は、世界で一番幸せ』になっている。
これからは、医療と介護の連携が大切である。日々、進化している日本&世界です。日本・香川県においては、4,4兆円の予算が組まれている「デジタル田園都市構想」への取組みと実現が重要だと学ばせて戴きました。