活動


2020,02,03, Monday 屋島北嶺展望台設置の御礼:齋藤健前農林水産大臣


先日、齋藤健前農林水産に環境省事業の屋島北嶺展望台設置の御礼に行きました。
平成25年、齋藤健先生が環境省政務官であられた時、屋島北嶺の環境整備についてお願いに行きました。今、庵治側の一か所目が完成し、サンポートが堪能できる西側の展望台が工事中です。
計画通り展望台が完成しますと、北嶺の魅力がより一層高まります。健康づくりに是非、屋島北嶺の遊歩道を散策されて下さい!
「平成の30年は宿題をしなかった30年だった。令和時代は、その宿題をし、課題を解決する時代にしなければならない」、齋藤健先生のお言葉です。私もその通りだと思いますし、課題を解決できる政策立案とその早期の実施が重要だと考えます。

2020,01,26, Sunday 岩田清文元陸上幕僚長の講話


2011年3月11日の死者行方不明者1万9200人(直近のデータ)の被害を被った東日本大震災の時、自衛隊は1週間で10万6000人(内訳 陸上自衛隊7万人、海上自衛隊1万4000人、航空自衛隊2万2000人)派遣した。同盟国のアメリカ合衆国は航空母艦1隻を含め1万6000人が救助に駆け付けて下さった。また、オーストラリアも沖縄の部隊等の輸送に尽力して下さった。大変頼りになった。
30年以内に70〜80%での発生が予測されている南海トラフ巨大地震、万が一発生した場合、想定震度はM8〜9、死者行方不明予測23万1000人。現状で歯自衛隊の派遣人員は11万人。
今、北朝鮮は、米朝交渉が進展しても、射程距離1300キロのノドンミサイルは100〜200発残る。日本にとり、大変危険な状況に変わりはない。韓国の文大統領は北朝鮮、中国寄りで、万が一、在韓米軍が韓国を撤退すれば、今の38度線は「対馬」になる。
対ロシアや中国機へのスクランブルも多頻度である。また中国の国防費は19兆8000億円に対し、日本の防衛予算は5兆円余である。
巨大災害への備え、防衛の大切さを学ばせて戴きました。

2020,01,25, Saturday 日本経済新聞の社説を読んで…


1月20日、日本経済新聞の社説は大いに学びになりました。
1945年、太平洋戦争終結の年、チャーチルは『資本主義に内在する短所は、幸福を不平等に分配することだ。社会主義に内在する長所は、不幸を平等に分配することである』。
スイスの金融大手・クレディ・スイスは、『世界の上位1%の高所得層が抱える資産は全体の45%を占める。下位50%の低中所得層は1%に満たない』。
国際非政府組織・オックスファムの報告では、『世界の上位26人の富裕層が下位38億人の貧困層と同等の資産を保有していた』。
ここまで格差が広がったのは ◎グローバル化やデジタル化は、経済的な成功の条件を塗り替え、新たな環境に適応できる者と出来ない者の二極化を促した。 ◎政治の不作為や金融危機の打撃も重なって置き去りにされた人々の悩みが深まった。 とありました。
この社説に接し、政治家の学びによる政策提言能力の向上と、グローバル化&デジタル社会を乗り切る為に『教育』の予算の伴う重視とそれによる人材育成が大切であると思いました。

2020,01,22, Wednesday 屋島北嶺に2か所目の展望台が着工されました!


1月9日にも報告させて戴きましたが、屋島北嶺に2か所目の新展望台の工事が始まりました。
場所は北嶺へ約1キロメートル言った西側で、写真のようにサンポート高松が見える所です。この30日に北嶺の景観が堪能できるようにお願いした齋藤健前農林水産大臣(当時環境省政務官)に面談予定ですが、御礼の報告をさせて戴こうと思っています。
私が齋藤健先生を知ったのは、牟礼町長時代、偶然、齋藤健先生が40歳前頃に著された『転落の歴史に何を見るか』に出会ってからです。日露戦争からノモンハン事件に至るまでの歴史を冷静に分析され、何故、日本が無謀な太平洋戦争に突入したかを書かれていたからです。その時、指導者、指揮者の役・立場にある人の責任の重大さを学ばせて戴きました。当時、合併問題等を抱えていた牟礼町の町長として、大いに学ばせて戴くと共に、私の意思決定に大いに役立ちました。

2020,01,14, Tuesday 拉致問題を考える国民の集いiin香川


昨日、「拉致問題を考える国民の集いin高松」が開催されました。
43年前、突然お姉さんの横田めぐみさんがいなくなった。
1977年11月15日、中学1年生の横田めぐみさんは部活を終えての帰路、家の近くで北朝鮮の工作員に拉致された。木造船の船倉に閉じ込められた横田めぐみさんは、『おかあさん助けて』と必死になり、北朝鮮に着いた時、めぐみさんの指は血まみれだった。北朝鮮は「めぐみさんの」と言って遺骨を送ってきたが、他人の遺骨だった。日本に対する、日本人に対する「ぐろう」である。
1970年代〜1980年代にかけ、多くの日本人が不自然な形で行方不明になった。2018年10月現在、拉致の可能性を排除できない事案は883名です。被害者は「将来の夢」「家族との絆」を断ち切られた。めぐみさんの弟・横田拓也さん(写真)は、『全被害者、即時、一括帰国』を強く訴えられました。
お母さんはめぐみさんが帰ってきたら、『草原に一緒に寝っ転がって、白い雲を一緒に見たい』と夢を語られています。
この話を弟さんから聞き、日本人として、日本は必ず拉致被害者を取り返さなければならない」と強く感じました。その為にも、日本は,日本人は決して拉致被害者が北朝鮮に入ることを忘れず、そして二度とこのような悲劇が起きない国・日本にするよう取組まなければならない、と強く感じました。